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25年前のロンドンにて(畠中 雅子)

前回、長男の地下鉄降り遅れ事件をご紹介したが、かなり昔、ロンドンに行ったときにも、ちょっとした事件があった。

それはもう四半世紀も前、私が大学生のときの出来事である。

1ドルはたしか240円台くらいのときで、当時、一番安いエアーチケットだった、アエロフロートの往復航空券と、1泊目のパリでの宿泊予約、そしてユーレイルパスを持参しての、バックパッカーの旅であった。

ヨーロッパ8カ国を、1カ月弱で回る予定。

クレジットカードなどを持っているわけではなく、心もとない程度の現金を持って、日本を旅立った。

それ以前の海外旅行経験は、小学生のときに、両親や妹と行ったフィリピンと台湾だけだから、ツアーを利用せずに、バックパッカーの旅行をしようなど、無謀すぎた気が、今はする。

旅行途中、できる限り宿泊料を浮かすために、電車や船の中で、夜を明かした。

若くて、体力のあるときだったから、ホテルに泊まらない旅もそれなりに楽しかったが、そんな旅だから、旅行中はトラブルだらけ。

ここに書くと、「そんなの作り話でしょ?!」と言われそうな、エピソードもいくつかある。

・・・で、どこの国でだったか忘れたけれど、大きな荷物を抱えて移動する私(たち)を見て、「へ~、日本人は贅沢な旅行をするものなのに、大変な思いをしているんだ」などと言って、話しかけてきた日本人がいた。

その人との会話の内容は忘れてしまったが、話をしている中で驚いたのは、ソ連(当時)が大韓航空機を撃墜?したから、アエロフロートのチケットだと、しばらく日本には帰れないのではないか、ということ。

資本主義国(たぶん)はソ連の飛行機の着陸許可を当分出さないので、最後の目的地であるイギリスで足止めされるだろう、ということだった。

先にも書いたとおり、クレジットカードもなく、現金もギリギリしか持っていない状態で聞いたため、気持ち的には大パニック。

安いホテルにしか泊っていなかったので、日本人にもほとんど会っておらず(会っても、バックパッカーらしき私たちに、日本人は目もくれず)、大韓航空機の爆破事件が起こっていたことなど、まったく知らなかった。

それでも旅行日程をこなしつつ、ギリシャで安いエアーチケットを手に入れてイギリスにわたり、数日過ごした後、日本へ帰れることを祈りつつ、ヒースロー空港へ向かった。

ヒースロー空港に着いて出発便の予定を確認すると、アエロフロート機はすべて「未定」になっている。

同じ便に乗りそうな日本人を片っぱしからつかまえて、「どうなっているか、わかりますか?」と聞いてみたが、誰もハッキリしたことはわからない。

待てども待てども、飛ぶのか、飛ばないのか、さっぱり情報が伝わってこない。

待合室は人で溢れるばかりで、いろいろな情報は飛び交っているのだが、どの情報が正しいのかの判断もまったくできなかった。

「このままだと、イギリスで働いて、別のエアーチケットを買うか、日本から送金してもらうまで、空港で寝泊まりするしかないかも」とあきらめかけたとき、「最後にもう1便だけ飛びそう」との情報が入ってきた。

その便の次は、早くても2週間は飛ばないとのこと。

その便の予約を持っていない人も、何とかして座席を確保しようと、待合室は大混乱。

もともとオーバーブッキング状態の便だったので、どれだけの人が席を確保できたのかはわからないが、本当にラッキーなことに、私たちは最後の便に乗ることができ、ヒースロー空港で寝るのはまぬがれた。

日本の空港に到着し、「日本に無事に帰って来られた」と安堵した状態でタラップを降りると、報道陣の人たちがたくさんいて、いきなりマイクを向けられた。

1カ月近く、日本のニュースを聞いていなかったので、大きなニュースになっているなどとは夢にも思わず、しかも親には「ヨーロッパにはツアーで行く」と嘘をついて家を出たため、「親にばれたら、大変!」ということで、今度はドキドキ(と言っても、母が旅行会社に連絡したために、ツアーでないことはばれていたが)。

顔を隠してテレビカメラを避けるように、その場を離れた。

さまざまなトラブルに加え、ヒースロー空港での足止めによって、「しばらく海外旅行には行きたくない」という気になり、それからの数年間は、国内旅行にしか目を向けなかった。

今回、子どもたちとロンドンに行ったことで、「大学生のときに、ヒースロー空港で足止めをくったなあ」と、当時を懐かしく思い出した。

いつからか、「海外に行きたくない」などと思っていたことなどすっかり忘れ、それなりに海外旅行を楽しんでいるが、旅行先でトラブルが起きるたび、懐かしく思い出すのはバックパッカーの旅であり、「あのときよりも、今回のほうが大変じゃない」と思えることに、感謝もしている。

畠中 雅子

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