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30年前の東京ディズニーランド

ブログでは何度か書いたことがあるが、東京ディズニーランドがオープンしたとき、つまり30年前の4月からの約1年間。
私は東京ディズニーランドでアルバイト(キャスト)をしていた。

今の姿からだと、誰も想像できないだろうが、「きゃしゃ」だと言われていた、時代のことである(私にもそんな時代があったのだ)。

私はまだ、19歳であった。

今週月曜日はオープン30周年ということで、テレビでもずいぶん特集が組まれていたようだが、実は最近、ある仕事の担当者(女性)が、私と同じ時期に、キャストをしていたことが判明。
彼女とは同い年なので、彼女も19歳の時のアルバイト体験である。

その人と先日、仕事の打ち合わせが終わってから、当時の制服やスタッフルームのことなどを話していて、とてもなつかしく、アルバイト時代を振り返った。

東京ディズニーランドの場合(他のディズニーランドは知らないが)、キャストは地下の巨大な?スペースで、着替えをしたり、クリーニングを出したりする。
その地下スペースについて、「あーだった、こーだった」、「○○があった」、「○○に会った」などと、私のあいまいな記憶と、彼女のしっかりした記憶をすり合わせたりもした。

懐かしかったなあ。
私の記憶って、やっぱりあいまいだったなあ。

今のように舞浜駅などは開業していない時代だったから、浦安駅からバスで通っていたのだが、「そーだったよね、舞浜駅なかったもんね」など、少しずつ記憶を取り戻していく感じだ。

オープン当時は、キャストが足りなくて、ずいぶん募集をしていたように記憶しているが、今はキャストになるのが難しいと聞く。

これは別の女性の話だが、当時、同じ場所で働いていた友人と、少し前にベトナム料理を食べに行った。
彼女は、3回、場所を変えて東京ディズニーランドで働いていたので、働いていた期間は私の何倍も長く、よって私よりもいろいろな情報に通じている。

彼女と話していた時も、「あーだった、こーだった」と、当時の記憶をたどりよせたが、30年も前に辞めたアルバイト先の友人と、今でも交流が保てているのは、ある意味、ディズニーマジックだろうか。

余談だが、今年の2月には、久しぶりにオリエンタルランドの職員向けに生活設計セミナーの講師を務めさせていただいた。
セミナーを取り仕切っている担当者は、私と同じ時期にジャングルクルーズで働いていた人である(以前も書いたような気がするが)。

同じ頃に同じテーマパークでアルバイトをしていた者同士が、片や福利厚生担当のエライ人になり、片やファイナンシャルプランナーとして生活設計について説いている。
こんな風にクロスする機会がくるなんて、想像もできなかったなあ。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

私は開業5周年の時にキャストでした。園内でポップコーン&アイスバーを売っていました。懐かしい思い出です・・・

投稿: K・N | 2013年4月22日 (月) 18時27分

Nさん、こんにちは。
コメントをいただきまして、ありがとうございます。
本名でアップしていいものか、悩みましたので、とりあえずイニシャルにさせていただきました。
本名のほうがよろしければ?、ご連絡ください。
ところで、Nさんもキャストをされていたんですね。
私も「意外なアルバイトだったね」と言われますが、今のご職業から考えると、Nさんも意外な気が。。。
私はさまざまなアルバイトをしてきましたが、30年も前のことなのに、懐かしく振り返られるアルバイトって、あまりない気がします。
今度、お会いする機会があれば、キャスト時代の話をしましょう!

投稿: 畠中 雅子 | 2013年4月23日 (火) 10時37分

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